聖地を捉える5つのまなざし
分析のレイヤー設定
Tweetここは基本的にハナムラがこれまで訪れた「聖地」についてのフィールドワークを記録する目的で制作されている。個別の聖地を整理することで、その聖地がいかなる特性を持つのかを分析するための基礎資料とすることが主眼である。その一方で、複数の個別の事例を俯瞰的に分析して考察する記述も順次記していく。ここでは聖地なるもの全体を考察する際の補助線として5つのレイヤーを設定しておきたい。これは、聖地を考察する上で性質の異なるまなざしを設定することで、より多角的に聖地なるものが見えてくると思われるからである。聖地は自然現象と社会的な意味、そして人間の記憶や意識が交差する場所であり、それに加えて超自然的な要素も関係してくる。従ってその特性を把握するためには聖地を異なる角度から分解してそれぞれのまなざしで見ていく必要があると思われる。そのために5つの違ったレイヤーを設定し考察の整理とする。
01「表」のまなざし
1番目のレイヤーは世間で共有されている既出の情報や多くの人が認識することである。これを「表」のまなざしと名付けておく。これは主に社会的に認知されているような情報、政府や行政自治体の見解やメディアで報じられているような情報、学会などで権威づけされているような学説や事実などに沿ってみるのがこのレイヤーの視点である。いわゆる公式に表明されているような情報や見解に沿って聖地へまなざしを向けるスタンスを取る。
歴史的・伝統的に言われていることや聖地で掲げられている情報、学術的に位置付けられていることなどがソースとなり、書き記されているものや証拠が認められるものなどがベースとなる。ただ同じ事実であっても解釈が異なる場合があったり、情報が不正確であったり曖昧なものも数多くある。それらも含めてこういう見解や情報があると確定できるようなものについては、このレイヤーで整理して考察することとする。
おそらく、別稿で示す分析の結果として、ほとんどの考察はこのレイヤーに含まれるものであると想定される。またこのレイヤーが指し示すことは後述する5番目のレイヤーと重なってくると考えられる。現代の学術的な観点からはこの1番目と5番目のレイヤーのみが考察の対象であり、ここが考察の中心になると思われる。
02「謀」のまなざし
2番目のレイヤーは、表で出ている公式見解や事実をそのまま受け入れるのではなく、その情報自体を疑うような視点から捉えるものである。これを「謀」のまなざしとしておく。聖地に限らずであるが、情報というのは誰かが発しているものである。だからその情報には選別や演出、虚偽や捏造、秘匿や隠蔽などが含まれている。特に宗教的な意味合いを持つような聖地では秘匿されたり読み替えられていることが多く、また多分に政治的な意味合いと関係するため、そこには陰謀的な要素も含まれている。つまり額面通りに情報や事実を受け取ることが必ずしも正しいとは限らない場合が多い。本当の事実を隠すために、別の情報に誘導されたり、本当の場所を隠すために、別の場所が設定されることもよくある。従って「表のレイヤー」で掲げられていることを疑い、その裏側を見るような視点が必要である。このレイヤーではそういう視点から聖地を捉えることとする。
当然ながら、このレイヤーでは推測や憶測が中心になる。基本的表に出てくるような情報ではないので、誰かが想像力を膨らませて唱える俗説やトンデモ学説とされることにもまなざしを向けていくこととする。歴史の中では往々にしてあることだが、かつて嘘だとされたことが真実であったり、事実とされてきたことがそうではなかったりすることがある。それが証拠や情報の不足からミスとしてそうなる場合は1番目のレイヤーで扱うことになるが、そうではなく“意図的”に歪曲されている場合がこの2番目のレイヤーに入ることになる。
宗教的な理由で秘匿しておきたい事実、権威や血統を保持するために公開したくないようなこと、無闇に開示すると危険なことなどは、聖地には大いに関係してくる。そういうものは基本的には情報開示することには慎重にならねばならないが、ひとまずこのレイヤーとして取り扱って考察することとする。
03「呪」のまなざし
3番目のレイヤーは「呪」のまなざしで、ここから先は近代的な理屈や科学では理解できないようなことを把握するためのレイヤーとなる。このレイヤーは主に人間の心の力を補助線に考える視点である。人間の心には現代科学ではまだ解明されていないような力が備わっていることは、多くの人が認めるところであり、一部の現代科学でもその解明に取り組もうという姿勢が見られる。聖地ではこの心の力が作用していることが多く、特に何百年も人に信仰されてきたような場所には人々の心がもたらした場の特性が備わっている可能性がある。その心の力の中でネガティブな方向が「呪(しゅ)」である。心の力を働かせることができる能力を持った者が、意図的に呪詛をかけたことが場の特性に影響していることもある。その反対として心の力がポジティブ方向に働くものは「験」と呼ばれることがある。つまり人間の肉体の能力の範疇を超えたような力であり、そうした超能力や神秘体験と呼ばれるようなものと関係するような場の特性を持つ場合がある。こうした人間の心との関係を見る視点としてこのレイヤーを設定しておく。
聖地の中には、特定の行法を行う修行場や奇跡のような特定の体験が得られる場所が多い。また大勢の人々が特定の意識を傾けることで場が何らかの性質を帯びることも考えられる。それは文化的なこととも関係しており、聖人や僧侶のような特定の宗教者とも大いに関係している場合が多い。そうした人の意識や心の能力に関係するようなものはこのレイヤーで取り扱って考察することとする。
04「神」のまなざし
4番目のレイヤーとして「神」のまなざしを設定しておく。3番目の人間が持つ心の力とは少し異なるものとして、このレイヤーでは人間以外の生命体の力を考える。そこには動植物などの目に見える生命体や微生物などの目に見えない生命体も含めることもあるが、特に肉体を持たないような生命体の力に注目する。ここでは便宜上、神と呼んでいるが時には霊や鬼と呼ばれたり、仏と呼ばれたりすることもあるが、見えない存在と見える存在を行き来するものであることが多い。そうした見えない存在が聖地では顕現するとされることも多く、また見えない存在に対しての逸話や意味などが聖地の特性を生み出していることも多い。これは3番目の心の力のレイヤーとも関係するが、霊媒などの形で人間が見えない存在と交信したり、神通力のような形で見えない存在の力を借りるような場合もある。それも含めて、この4番目のレイヤーは人間の心単独の力とは別のものとして、人間以外の見えない生命体から見る視点として設定しておきたい。
宗教によっては唯一神や絶対神のような存在を設定することも多いが、このレイヤーではもう少し視野を広げて“複数の神々”を主に扱うことを考えている。その中には肉体を持った者もいれば肉体がない者もいる上、肉体を借りて現れる場合もある。また未確認の生物が神々として祀られる場合もあったり、異なる種族の人間や特定の人物が神として崇められる場合もある。そうした場合もひとまずは神々というレイヤーの中で取り扱って考察することとする。
05「法」のまなざし
5番目のレイヤーは、自然全体の法則を見るレイヤーであり「法」のまなざしという形で設定する。これまでの1番目から4番目までの全てを含む形にはなるが、人間の心の力も、見えない生命体の存在も含めて自然には一定の法則が働いており、それがどのような構造と力学及び関係を持つのかということについて考察するレイヤーでもある。古来から人々の間で伝えられていることや、長く言われているようなものの中には、自然法則と合致するようなものも多い。その場合はこの法則は時に1番目の「表のレイヤー」で掲げられていることに近づくこともある。またある特定の地域にだけ働くようなローカルな法則もあれば、場所を超えてどこにでも当てはまるような普遍的な法則もある。それらの間にいかなる関係性があるのかも含めてこのレイヤーでは見ていくこととする。
この5番目のレイヤーが聖地のランドスケープを考察する上で最も重要な補助線であり、これまでの1から4までのレイヤーを総合して考える必要がある。その中にはすでに科学的に解明されているような自然法則や科学的知識を参照することで把握できることもあるが、まだ解明されていないような法則がある場合もある。個別の事例だけを見ていても把握できないような法則もあり、地球レベルや宇宙レベルで見た時に理解できるような法則があるかもしれない。そういうものを考察するためには事例の参照とともに、これまでの様々な言説や理論なども参照せねばならない。
以上のような5つのレイヤーでこのサイトでは聖地を見ていくが、これらの補助線は聖地という場所に限った話だけではない。広く社会現象や自然現象を捉える上でも有効な補助線になりうるものと考えられる。社会の表面で起こっていることは、決してそこで掲げられて事実とうたわれることだけではなく、様々な裏の力学で動いている。政治的な決定、報道されるような事件、産業化された技術などであっても、裏で企まれる謀略、呪術的な要素、神仏的な力の借用など、様々な見えない力学が入り混じっている。それらは何がノイズで、どこに確からしい法則があるのかについては丁寧に紐解く必要があるものと思われる。従ってこのウェブサイトのみならず社会を見る上での補助線として5つのレイヤーで見ることを検討する必要があると思われる。
またここで取り扱う内容の中には学術的には位置付けられていないようなものも多々出てくることが想定される。オカルトとして見做されていることや、怪しげなレッテルが貼られていること、政治的な脚色が施されていることなど様々なバイアスが入る上、エビデンスとして取り上げられないようなものも数多くあると想定される。科学的な論述や考察をするように極力注意を払うが、既存の科学の枠組みや学術的作法だけに縛られる形は避けたいと考えている。
このレイヤーの設定に加えて個々の聖地における分析の軸はまた別稿で整理することを考えている。事例整理を進める中で全体の方向性に修正を加える必要があれば、その都度ごとに分析や考察の軸を検討し直すことも考える。ひとまず最初の段階ではこの五つのレイヤーを設定し、それぞれのまなざしから見ていくものとする。
2022.10.05